東京でのサラリーマンを経て、田舎に移住してはや1年が経ちました。

農業、大工、狩猟をやって、木を切って薪にしたり、それを建築材にしたり、そうやって山に入っている間に野草をお土産に持って帰るとかしてましてね。

水道だって、自分たちが使う水は全て湧き水から引いてきてるし、ソーラー発電もしてる。(ソーラーだけだと100%の電力は賄えないけれど、、、)

そんな生活をしながら、国内では限りなく食料自給率が高い部類のグループの一員になれているのでは?って思ってるわけで。

ただし。

それでも完全な自給自足はムリなんだなあ、と思ってきた今日このごろです。

 

柿の赤ちゃん。秋が待ち遠しい〜

高橋 大介さん(@losk926)がシェアした投稿 -2017 7月 26 10:45午後 PDT

欲しい作物を育てても、欲しいものを作っても、消費量に追いつかない

僕らは米とか、ナス・ピーマン・にんじん・だいこん・たまねぎ・じゃがいも・かぼちゃ・すいか・きゅうり...などなど、移住してからスーパーで野菜を買ったことないくらい、ある程度の種類と量の野菜を育てています。

乳製品は家畜のヤギ乳からつくります。チーズとかね。

それで最近、「油も自給したいよねー」ということで、菜種を育てて菜種油をつくりました。

よく使う醤油だって、作ろうと思って実際につくりました。

ただ、圧倒的に消費量に追いついていないのです

それだけやるならまだしも、他の仕事もあれば、他の作付けの問題もあれば、それに割く時間もないっていう、元も子もない話ですけど、だってムリなもんはムリだもん。。。

種植えて、鹿よけの電柵張って、草刈りして、収穫して、脱穀して、乾燥させて、混じったゴミも除去して、そっから油を抽出するために、、、ってもう凄まじい時間かかります。

それでいて、油なんて毎日使います。油使わなかったら目玉焼きですら、プライパンにこびりつくじゃないっすか。ご家庭の洗い物するお母さんの全身からため息が漏れ出すレベルです。

醤油も作ったんですけどねえ、やっぱり毎日使うし、作ったぶんはすぐ無くなる。

砂糖は作れてないし、塩も、やろうと思えば海水から作れるかもしれないけど、なかなか手間だし。。。

足りてるのは味噌ぐらいかなあ。それだけは毎年頑張って大豆植えて、つくってます。

調味料に限らず、日用品含めれば、足りないものばかりですよ。

 

 

取っても取ってもまだできる。エンドレストマト

高橋 大介さん(@losk926)がシェアした投稿 -2017 8月 6 9:26午後 PDT

気候の問題で栽培できないものがある

京都だけど、京都だけど!雪が!1メートル50センチは積もります!!!

埼玉人のぼくからしたら、「京都って雪国だっけ?」と雪の威力と除雪の大変さに移住する先を間違えたかな?感を覚えます。

でもまあ、そんな気候ですから、例えば「柑橘系」の作物ができません。みかんとかゆずとか。

車で20分走らせたところはゆずできるのに、うちの集落近くから、もうできません、マジで。

ゆず、なくても生きていけるけど、柚子胡椒とか欲しいもんなあ…。

あ、バナナもできません。マイナス-8℃とか、わりかし冷え込む地域なので、やっぱりできない作物も多いですよ、バナナ好きなので悲しい…。

それでも、、、

ストイックに生きていこうと思えば、限りなく、買い物もせず、自ら得る米、野菜、肉だけで、生きていけるんだと思います。

でも、ぼくは自給自足によって「豊か」になりたいわけで、アレを買わずに生きていくんだ…!と無駄にストイックに自分の行動に制約を掛けたいわけじゃないんですよね。

ないものはない。つくれるものはつくる。そして、自分が快適だなあ、って思う暮らしを作っていければ良いと思うのです。

だから、厳密に言えば、完全自給自足なんてムリで、「自給自足"的"生活」なのです。

自給自足"的"生活の良いところ

最近夏で、ピーマン、ナス、きゅうり、トマトとかの夏野菜がガンガンとれるんです。

でも、こうした野菜、僕らの冬の食卓には並びません。

獲れた野菜は、獲れた旬のその季節に食べる。

そして、来年の収穫を楽しみに、次の季節を楽しみに、春夏秋冬をより強く感じながら、生きていくわけです。

トマトが冬になくても、雪の中に埋もれたレタスと、獲れたイノシシ肉でぼたん鍋したり、旬の楽しみはいくらでもあるんでしょう?

加えて、春は山菜、秋はクリにきのこに柿に、、、。そう考えたら、「豊か」でしょ?

四季って良いなあ、って思えますよ。