先日の熊本での地震が起こった時、こんなことを思った。

物資が届きすぎて、食べ物を捨ててたってのは東日本大震災で実際にあったことです。

 

メッセージ受け取る側としても、自分だったらいちいち返信するのめんどくさいと思うのよね。「元気?」ってメッセージを1〜2通もらうなら若干テンションが上がり気味で「元気!!!!」って返信する。

でも100人くらいから「最近どうよ」なんて言われようもんなら返信めんどくさいよなあと思うわけです。

個人的なスタンス|やれるやつはやればよい

いろんな考えた方があると思いますが、ぼく自身に関しては「何もしない」という選択をとろうかなと。

というか、厳密に言うと「何もできない」というのが正しいんですよ、悔しいことに。だからできる人に、その役割を担ってもうおう、という他力本願な考え方をしています。それでもいいんじゃないの?って思うのが、この記事で一番言いたいことなんですけどね。

まあ何もできない理由は2つあって、まずいまビビるほど金がない。ああ、お金欲しい!!!!

かなり個人的な話ですが、いま人生最大級に金がないんですよね…。

人のために頑張ってお金出したら、自分の携帯代を払うのも奨学金返済するのも冗談抜きでできなくなるかもしれない、それはそれで多方面に迷惑がかかるので、そう考えると流石にそれはできないっす。ああ、お金ほしい。。。

あとは自分が行くって選択肢もできないっす。行ったとて役に立てるスキルは何もなし。強靭な体力もなし。

現地いる人に聞いたけど、もちろん差はあれど、物資はかなり届いている状況らしいですね。人手はほしいって言ってたけど、軟弱な自分の体力じゃ迷惑かけて終わりそうで怖い、という「先入観」があります。

まああんまり現地のことが見えてないのもあるし、前が見えないのに進めってのも変な話じゃないかな、って思うわけです。

本来、まさにいま実践中の「自給自足の暮らし」をしていれば、どの野草が食えるかみたい話をはじめとして、非常事態でもだいぶ強く生きていけると思うのよね。技術がある人なら、何か壊れたものがあっても直せるし、ゼロから生産するのだってできるわけです。そんな人がが被災地支援行ったら超心強いよね。

ただ、今自分そういうのできないし、そもそも現地行こうもんなら自給自足の暮らしができなくなっちゃうのよね。

というのも、野菜やら動物やらの面倒を見んといけなくて、数日間、職場を離れるのもど〜〜〜〜しても難しい。(農業は思ったより手間もかかるしシビアな世界だと感じる今日このごろです。)

だから、ぼく個人としては、いざというとき、役に立てる人間になれるように今自分にできることを積み重ねていこう、とそんなふうに思ってます。

やれるやつはやり、やれないやつはやらない。ただ、無視はしない。

そういう考え方、決して悪くはないと思う。