最近だいぶホッとなキーワード「鬱」「過労」「自殺」。

「途上国と先進国で、鬱や自殺等の発生件数を数字で見ると我が国は異常である、なぜならば〜」みたいな意識高い表現をせずに言えば、「なんかめっちゃ大変そうだけど、別に俺がどうこうできることもなければ、なんていうかやるせねえよな」って感じですわ。

なんかもう、誰もがもうこんな働き方、アカンやろと気付きながらも無視してんじゃねえか、と思うのです。

思ってることを3つにまとめてみた。

1.「もっとテクノロジーを発展させよう」「もっと大きく成長しよう」の意味のなさ

「それを言っちゃあおしめえよ」って話なんだけどさ、GDPをあげようとか経済成長がどうのとか、それを目指すのがなぜ良いのか、その意味はなんなのか問おうともせずに、盲目的に目指し過ぎじゃない?って思うのです。

このプレスリリースなんか、孫さんこんな感じで話してるみたい。

当社代表取締役社長の孫 正義は、本ファンドの設立について以下のように述べています。 「ソフトバンク・ビジョン・ファンドの設立により、世界中のテクノロジー企業への出資をさらに推し進めることができます。本ファンドは、今後10年でテクノロジー分野において最大級のプレイヤーとなることでしょう。われわれは、出資先のテクノロジー企業の発展に寄与することで、情報革命をさらに加速させていきます

まだ加速させるの?!

え、もう十分じゃない?

テクノロジーがない時代より、いつでもどこでも仕事できるようになって、だいぶ生産性が上がって、クソほど忙しい日々を送る毎日になってるんだけど。。。

世の中を加速させるって、なんで加速させたいの?加速させてどうしたいのさ。

その"発展"って、誰にとって良い発展なの?答えはないと思うけれど、今の世の中やっぱり盲目的に成長・発展って言ってる気がする。

2.木は天まで伸びない

冒頭のツイートで書いたけど、木は高く伸びようとする。そして枝を長く伸ばして葉っぱをたくさんつけようとする。

そうして、他の植物よりもいっぱい日光を浴びようとする。

でも、無限大に伸びないのは、あまりにも高く伸びて、枝もガンガン伸ばしてしまったら、要は「超のっぽの頭でっかち」になるわけで。

イメージするだけでバランス悪いよね。

自分が成長するために、他者よりも優れていた成長要因となっていた優位性が、ある臨界点を突破したら、自らの首を締める要因に変化していくわけよ。

今の世の中って、木に例えたらスーパーウルトラのっぽのクソ頭でっかち。

もう資本主義経済が、生産して消費する社会がもう完全に行き着くところまで来たと思うのだけど、頭良い人は絶対この事実に気が付いてるはず。

それでもなお仕事する。まだ「加速どうの」とか言ってる。

…おれはゆっくりしたいぞ。

3.「成功しました!お金いっぱい!」…で?

有名なスティーブ・ジョブズが死ぬ前に書いたこの記事。

しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、富など、
私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。
人生において十分にやっていけるだけの
富を積み上げた後は、富とは関係のない
他のことを追い求めた方が良い。

ジョブズが良いこと言ってるぞ!

仕事しかしてないと、仕事辞めたら何も残らないんだよね。

だから「社会の異常な真実」に気が付きつつ、不安から逃げるように仕事して、で、結局それが何につながってるかもわからず、盲目的に成長を追い求めようとしてるんじゃないの?

止まると社会に、競合他社に置いて行かれんじゃないか?って不安でたまらないから、さらに上を目指そうとする。

上を目指すのは良いとして、それが過労だの自殺だの、社会問題生み出すのは勘弁してほしいし、そんな加速する社会についていくって選択、本当はきっとやりたいくなんだけど、もう今さら引くに引けないよ、って話なのかな。

まとめ

発展って、もはや美学でもなんでもない。

頭良くて金持ってる人にとって都合いいだけで、もう発展とか成長とかいいんじゃないの?

「停滞しろ」って言ってるわけじゃなくて、「原点回帰しろ」って言いたい。

気持ち良いように生きればいいじゃないかって話で、うまいもん食って、のーんびり風呂入って、ビール飲みながらゴロゴロして、眠くなったら寝て、太陽浴びてキモチィィィィ!!!ってなりながら適度に運動して、適度に働いて、腹減ったらラーメンでも食べればいいさ。

「社会の一員として」って視点は捨てて、「生物として」不自然じゃないように、生きるって視点を持ってみるっていう、なんかそういう感じにシフトしていかねえかな。

そんなふうに思うんだけど、どうなんだろね。